2024/04/24 18:41 |
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2010/08/08 22:46 |
すべりおちる |
太陽はとうにその姿を隠したというのに、大気はまだ昼間の熱を残していて
「眠れない……」
トレーニングの時間にはまだ早いけれど、ヘルメットとエアシューズを片手に部屋を抜け出した。
廊下の軋みに住人の目を覚まさぬよう気を使いながら建物を抜け出すと、
愛車へと向かう。
「まだ、メンテしてなかったわね。――夏が過ぎたら、オーバーホールしよう」
エンジンをかけ、アクセルを吹かす。
まだ日が変わって間もない町の中を、山へ向かった。
山を登りきると、単車を路肩に停めてヘルメットを外す。
汗で張り付く髪を煩わしげに払うと、シートを上げてエアシューズを取り出す。
この髪は、戦闘の時にも時折視界に入ったり、とても邪魔だ。
けれど、組織で義務付けられていたためとは言え、殆ど切った事のないものを突然なくすというのは、
やはり選択しづらかった。
エアシューズが咆哮を上げると、そのまま勢いに任せて峠を駆け抜ける。
以前アスカさんが、星児さんがよく来ると言って教えてくれたこの場所は、
所謂「走り屋」も居ないので好きなだけ飛ぶことが出来る。
此処で思う存分風を、空を堪能すれば気分よく眠れるだろう。
思うが侭駆けるその身体に
『何になりたいの?』
言葉が、響いた。
「――――っ」
一瞬の暗闇、思考の中に堕ちた一瞬の瞬きは視界を惑わせ、大地へと身を沈めさせるには充分な時間だった。
「………」
どのくらいの時間が過ぎたのだろう。
瞼を開けると、単車で到着したときとは違う表情を見せる星空が飛び込んできた。
痛みのある場所を確認するように、ゆっくりと四肢を動かす。
その後は、指先、首、腰――。
幾つかの箇所に強い痛みを覚えるが、恐らくは数日後には消えるだろう。
それでも
「あにさまにバレたら、られるかな…」
自称心配性のあの人に知れたら、他にも知る人が居るだろう。
自分と同じような長い髪、けれど自分とは打って変わった
美しい黒髪を持つその人は、きっと慌てたように救急箱を持って来るだろう。
『何になりたいの?』
同じ声がまた頭に響く、
「………」
あにさまのように、優しく。
あねさまのように、勇敢に。
ぱぱのように…、
…………
惹かれて病まない人たちの顔が、いくつもいくつも走馬灯のように浮かんでは消える。
痛みはいつの間にか消えうせて。
心だけが、支配していた。
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